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宝塚歌劇団・演出家 上田久美子さん×中井美穂

 

 

2013/11/04

 

今年5月、宝塚歌劇月組・バウホール公演『月雲の皇子―衣通姫伝説より―』(珠城りょう主演)で鮮烈な演出家デビューを飾った宝塚歌劇団・演出家の上田久美子さん。舞台は好評を博し、異例の東京特別公演が上演決定! 来年、100周年を迎える宝塚歌劇で、今後の活躍が期待される若き演出家のお一人です。今回は、デビュー作品が生まれた背景、同作品の見どころを伺ってきました。

 

宝塚ならではの様式で
劇場で人々が興奮する瞬間を作れたら

 
中井:今年5月にバウ・ロマン『月雲の皇子』で演出家デビューされて、年内には東京で再演、さらには来年2月には次回作…と、続々と演出が続きますが、手応えみたいなものはありましたか?
 
上田:いえいえ。実はデビューするときは、かなり悲観的な思いでした。ずっと皿洗いしかしていなかった人が、いきなりお客様に食べていただくお料理を出すようなものでしたから。
 
中井: 私もバウホールで拝見しました。脚本の持つ構造、ヴィジュアル面、それぞれのキャラクターの造形も見事でしたし、何より宝塚歌劇らしさを存分に感じる作品になっていたことが素晴らしかったです。主演の珠城(たまき)りょうさんと鳳月杏(ほうづき・あん)さんの顔立ちや身長のバランス、個性の違いが並べて見た時にお互いを引きたて合っていたこと。ヒロイン咲妃(さきひ)みゆさんの持つ品の良さと愛らしさ、加えて歌、ダンス、演技の技術の高さ。脇を固める個性豊かで芝居心のある役者陣。すべてが見事にハマった感じを受けました。

 

 

上田: ありがとうございます。私、この世界に入るまではミュージカルや演劇はそれほど詳しいわけでなく、歌舞伎や文楽、お能を観ていたほうでして…でも、宝塚は独特の様式を持っていて、しかもそれは人を興奮させるメカニズムがある。宝塚の様式を使って、劇場で人々が興奮する瞬間を作れたらいいなと思っていたんです。
 
中井: この脚本は、宝塚歌劇団に入られてから、書きためていたものの一つなのですか?
 
上田: 私は宝塚歌劇団に入って8年目なのですが、5年目くらいに、2~3年後にデビューしなくてはいけないのに…人生で台本を書いたことがあるのは入団試験のときの原稿用紙10枚の小脚本だけ。これはまずいぞ、練習しなくちゃと思って、2~3本書いたものの一つでした。

 

 

中井: もともと古事記などの時代の書物に興味がおありだったのですか?
 
上田: そもそも、人間が文字を獲得する意味に興味がありました。『悲しき熱帯』というフランスの文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが書いた本があるのですが、文字は原初的には権力とか所有権を確立するために発明されたというのを読んだ時に、感じるところがありまして。政治のために使われていた文字がいつから文学という一見役に立たないもののために使われるようになったのだろうと。そこからいろいろな伝説を調べていく中で、たまたま衣通姫伝説を見つけて、日本書紀と古事記でストーリーが違うということを知って、さらに興味が深まりまして…。
 
中井: 宝塚バージョンでは兄の木梨軽皇子(きなしかるのみこ)と妹の衣通姫(そとおりひめ)は血がつながっていないというお話でしたね。
 
上田: 古事記では同母兄妹の話で、兄が流刑になり、妹が追って行って、二人が自害したというお話です。でも、それはちょっと作り事めいているような・・・。たぶん、後々の人たちがそうだったらいいなと思って作ったのではないかと。「愛のために死す」。そういう願望があったのだろうなと思ったんです。だから『月雲の皇子』では、その伝説を偽りとした上で、誰がなぜそのような偽りを語り、書き残したのかということ、文学の起源のようなことをテーマにしました。
 
中井: 言葉と物語と真実。そういったものが一体どこにあるんだろうというのが作品のテーマなんですね。恋愛や感情的なことをテーマにすることが多いと思いますが、言葉に対する根源を探ろうという柱もあるのが面白いですね。やっぱり史実って、勝った人の目線で書かれていくわけで、改ざんもされているだろうし…物語は物語で、その言葉にならない感情や目に見えないものを何とか書き記そうとしたときに、真実ではないけれども言葉に嘘を引き受けてもらう…そういうことのために物語が生まれるのでしょうね。

 

 

上田: まさしくその通りだと思います。
 
中井: どれくらいで書き上げたのですか?
 
上田: ネタ集めは何年間もしていましたが、あらすじを考えるのは1カ月くらい。そのあと、セリフを書いたのは1~2カ月で。でも、実際に上演することが決まったのはさらに1年以上あとだったので、読み返して、相当直しました。

 

 

彼女たちはものすごいポテンシャルを秘めている。
背伸びしてでも、そこまで行こうとする


 
中井: 宝塚では生徒にアテガキして書く作品もありますが、ベースにはなかったのですか?
 
上田: 誰がやるという具体的なイメージはしないで書きました。アテガキに走り過ぎると、その生徒自身のもっている魅力のみで埋めてもらおうとしてしまう気がして。もちろん、それはそれでいいこともあるのですが、その生徒がもっている本当の力、底力を引き出しきれないこともあるかと。彼女たちはものすごいポテンシャルを秘めているので、ちょっと無理そうな難しい役や人格的に複雑な役でも、背伸びしても何が何でもそこまで行こうとするんですよね。今回、難しい役もたくさんあったのですが、私の期待よりも皆ずっとよかった。珠城も内面的には激しいものをもっているけれど、彼女は賢くて無意識に理性でコントロールしている。でも、今回の役はいろんなことが起こって肉体的にも精神的にもハードだったから、理性もとっぱわれて、彼女の魅力と役柄の相乗効果が生まれたのだと思います。アテガキに縛られすぎず、登場人物がそれそのものとして存在を確立している脚本を目指したいと、改めて思いましたね。それが生徒のジャンプアップにもつながるのではないかと。
 
中井: 珠城さんと鳳月さんは、お二人とも長身で、並びも美しかったですし、衣装もとてもよく似合っていましたね。質感も、どこか似ていますよね?
 
: タイプは違うんです。温かみのある珠城とクールな鳳月。ただ、色合いは全く違うのだけど同じ素材で出来ている。例えるなら日本の湯飲みとボーンチャイナではなくて、両方ともボーンチャイナ。片方は赤い花柄で、片方は白に金のラインだけ入っているみたいな感じ。同じ素材だからこそ、一緒にいたときにそれぞれの違いが引き立つのだと思います。それに二人とも論理的に演技を構築できるタイプなんです。文学的な直感で台本を理解し、感情を分析した上で、こういうふうに見せるということをするタイプ。だから共通認識を持って二人の芝居を作れるし、しっくりとくるのだと思います。

 

中井: 衣通姫は、咲妃みゆさんにぴったりでしたね。巫女なので、たとえ兄弟であっても口をきけないという枷(かせ)のある設定で、小さい頃は兄弟と妹でどろんこになって遊んでいたのに、急にベールの向こうに行ってしまう。しゃべらずとも、ここまで持って行ける力量に驚かされました。声もきれいだし、歌もとっても上手いし、神秘的に見える。娘役さんとして、非常に位の高い役ですよね。

 

上田: 衣通姫は、等身大でできる役ではなく、世俗的な感じがしてはいけないのですが、咲妃は浮世離れした感じを出すのが上手ですね。しかも芯の強いところなど、役柄と重なるところもありますし、声もきれいなのでぴったりだなと。もともと浮世離れしたお姫様のような感じを持っていて、近頃ではあまりいないタイプの娘役だと思います。

 
5分に1回くらいびっくりさせたり、
刺激を与えなくちゃという企み

 
中井:枷があるがゆえに、枷が決壊した瞬間に、観ている人の気持ちがなだれ込んでしまうのですよね。ラブシーンらしいシーンはないけれど、ものすごくドキドキしてしまいました。
 
上田: はい、そこは具体的に何かをするわけではないけれど、隠された性的なものをとても意識して書きましたから(笑)
 
: 雨乞いのシーンもすごくよかったですね。弟の穴穂皇子(あなほのみこ)が必死に踊るところ。
 
上田: 弟は、ちょっと暴力的なダンスを踊るんです。「降れ~、降れ~」って。
 
中井: その前に桜の枝をもち、花かざりを頭に差しての兄弟の舞い比べ、そして突然の剣の試合を経ての雨乞いのシーンの流れが私の萌えポイントの一つでしたね。宝塚の主演と二番手の男役さんの並びが良ければ良いほどお互いが魅力的に見えるシーンです。
 
上田: 兄の木梨軽皇子が歌を詠むと雨が降るんです。実は、雨を降らせた方に王位を継がせようということになっていたのだけれども、二人の皇子たちはそれを知らずにやっているんですが、兄の方は雨を降らせないと罪なき民が生贄(いけにえ)にされてしまうので優しさから雨を降らせようとする。

 

 

中井: そこで、この兄弟の本質的な違いを見せているのですよね。
 
上田: 人物の性格や物語の意味を説明するにあたって、そこをいかにショーアップするのかということばかり考えていたかもしれないですね。ストーリーとしては、兄は文系でロマンチストタイプ、弟はどちらかというと体育会系で合理主義者という情報を伝えなくてはいけないけれど、それをいかに退屈させずに面白く見せるか。実は、私がすぐに観劇中に寝ちゃうタイプでして…よほどびっくりすることが起こったり、踊りがすごかったり、カッコ良かったりしないとダメ(笑)。だから、5分に1回くらいびっくりさせたり、刺激を与えなくちゃという企みはありましたね。
 
中井: 演出家として、役者に何を求めますか?
 
上田: 人格としてとても強いものを持っていること。持っているエネルギーの高さだと思います。それをどれだけさらけ出せるかというところも大事。それと、本人の持っている人間性。温かみとか人間としての懐の深さを持っている人はいいスターさんになるだろうと思います。逆に気性の激しい人でもいい俳優はいます。度量の大きさを持っているか、内面的にものすごく強いものを持っているか、そのどちらかを持っていたら何とかなるでしょうし、どちらも持っていれば最強でしょうね。
 
中井: 次回作を執筆中と伺いましたが、どんな作品ですか?
 
上田: 2月に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ日本青年館で上演する宙組の『翼ある人びと ―ブラームスとクララ・シューマン― 』。朝夏(あさか)まなと、伶美(れいみ)うらら、緒月遠麻(おづき・とおま)が出演します。19世紀ヨーロッパの話で、ブラームスを主人公に、彼の才能を見出したシューマン、その妻で有名ピアニストのクララの少し変わった三角関係のお話です。台本はほぼ完成していて、音楽に彩られた大人の複雑な愛の物語になっています。こちらもご期待ください!
 
中井: はい、楽しみにしております!!今日はありがとうございました。

 

 

【中井美穂・対談後記】

今回、上田久美子先生にお話を伺って、日本特有の素晴らしいエンターテイメントとしての宝塚歌劇をもっと世の中に広めていける作品をこれからも書いてくださる方だと確信しました。
冷静な頭脳と熱い志を持ち、文学をたくさん読まれて培われた言葉や構造に対するセンス、歌舞伎や文楽をご覧になることで培われた空間の使い方、見せ方がひとつになっているからこそ、より物語を立体的に感じさせるのだなぁと思いました。

お話もとてもわかりやすく、楽しくて、ちゃんとこちらの妄想や萌えやミーハーな視点を理解して答えて下さって、あっと言う間に時間が過ぎて行きました。

上田久美子先生はまだ、34歳!これから何年経っても色褪せずに、色々な組で再演されるような宝塚を代表するような作品をたくさん書いてくださることを楽しみにしています。宝塚らしい作品でありながら宝塚のみならず他の劇団やプロデュース公演でも上演されるような作品に出会えるのではないかと楽しみにしております。

いつかはショーの演出も観たいです!

 
中井美穂

 

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